『60万回のトライ』



「立ち見の人が続出している」――。そんな話を聞いて、たまらなく見たくなった。
舞台は大阪にある朝鮮高級学校(大阪朝高)、テーマはラグビー。
一見、いずれも地味なのに、どうして? その理由を知りたくなったからだ。


祝日の午前中、噂にたがわず多くの立ち見客が出た東京・渋谷の映画館で、
『60万回のトライ』を鑑賞した。
そして、気づいたのは、この作品は2つの要素から成り立っているということだ。


ひとつは、体育会系スポ根を描いた、さわやかな青春映画としての要素。
高校生ながら体重90キロを超えるラグビー部の選手たちが、円陣を組んで気合いを入れ、
ひたすらボールを前に進めるために助け合う。普段は、学園祭でひょうきんなダンスを
踊り、焼き肉パーティーでなぜかやたら上着を脱ぎたがるイマドキの高校生だが、試合後
は競技場に一礼。撮影中、寒さに震える映画監督に、自分の上着をそっとかける選手の
優しさも、カメラは捉えている。


もうひとつは、朝鮮学校の現状や問題をありのままを見せる、社会派映画としての要素だ。
生徒350人の運動会を応援するために、約2000人の父母や親戚が徹夜で席を取るという、
強い求心力を持った在日コミュニティーの核としての存在であること。
また、高校授業料無償化を求め、ラグビー部の生徒たちが練習の合間に街頭署名に立つ
姿も映し出されている。


これら2つの要素は、『60万回のトライ』というタイトルで巧みに結びつく。
"60万"というのは、日本に生きる在日朝鮮人の数。
"トライ"は、90年代まで公式戦に参加できなかった歴史を持つ朝鮮高校の、悲願の
全国大会優勝に向けてのトライであると同時に、真の共生社会へ向けてのトライなのだ。


『ウリハッキョ』(07)など、朝鮮学校を舞台にしたドキュメンタリーはこれまでも
制作されたが、全国ロードショーを実現したのは、『60万回のトライ』が初めてだと
いう。上映後にあいさつしたパク・サユ監督の、「大阪朝高ラグビー部のオ・ヨンギル
監督が生徒たちに説く『スポーツは社会を変える』という言葉と同様、この映画も
社会を変える力を持っていると信じている」というコメントが心に残った。



『60万回のトライ』2014年3月15日(土)より
オ―ディトリウム渋谷で公開。全国順次公開。
http://www.komapress.net/

あらすじ
010年正月。花園の準決勝。大阪朝高ラグビー部は、創部以来、初めて全国大会準決勝の舞台に立った。彼らの闘志や熱い応援に胸を震わせ、韓国出身の女性監督がドキュメンタリー映画制作を決心した。日本一を目指し、主将の戦線離脱などを乗り越えていく選手たち。1年後、雪辱戦を前に、チームのエースが脳震とうで倒れ……。



執筆者:桑畑優香(ライター・翻訳家)