『追憶と、踊りながら』

これが長編第1作目という新人監督の作品ながら、非常に吸引力のある英国映画に出会った。

『追憶と、踊りながら』は、李香蘭(山口淑子)による「夜来香」の歌声で幕を開ける。画面に映るのは、レトロな西洋風の部屋の壁紙。どの時代の、どこの国の物語なのか。冒頭から、不思議な時空感覚に陥り、美しい映像も相まって、ぐいぐい引き込まれてしまう。

ロンドンの老人ホームに暮らすカンボジア系中国人の女性ジュン。唯一の楽しみは、一人息子カイの来訪だ。ジュンは、カイが"友達"のリチャードと一緒に暮らしていることを怪訝に思っていた。一方のカイは、リチャードが実は恋人であり、自分がゲイであることを打ち明けられず悩んでいた。そして、ある悲劇が起こる。

悲しみに沈むジュンのもとを、リチャードが訪れる。"友人"としてジュンの面倒を見ようとするのだが、なかなか心が通じ合わない。2人の想いは、最後にどこへ行き着くのか…。

監督のホン・カウは、プノンペン生まれのカンボジア系英国人。生まれてすぐにポル・ポト政権下のカンボジアを逃れ、ベトナムで育ち、幼いうちに英国へ移住した。彼もまたゲイであり、本作に自分の出自も色濃く反映させている。言葉の違い、世代の違い、性的指向の違いーー監督自身も様々な違いと向き合い、乗り越えてきたことは想像に難くなく、その覚悟のようなものが、美しい映像の中にも凜とした強さを与えている。

物語でカギを握るのは、通訳を任される中国系女性の存在だ。英語も北京語も堪能だが、プロではないところがミソ。余計な情報を足してみたり、微妙にニュアンスを変えていたりと、なかなかスリリング(?)な仕事ぶり。通訳の誤差が人と人の関係をこじらせたり、反対に縮めたりする様子が映画をより豊かにしており、語学学習者にとっても興味深いポイントになっている。

最後に、リチャードを演じるベン・ウィショーの演技が非常にセンシティブで、彼史上最高に魅力的だということを言っておかなければ。彼もゲイだとカムアウトした俳優の一人。ここまでゲイ役を素晴らしく演じてしまうと固定イメージに苦しめられそうだが、それを恐れないところが実力派俳優である証だろう。

『追憶と、踊りながら』
原題:LILTING
監督・脚本:ホン・カウ
出演:ベン・ウィショー、チェン・ペイペイ、アンドリュー・レオン、
モーヴェン・クリスティ、ナオミ・クリスティ、ピーター・ボウルズ 
配給:ムヴィオラ 2014年/イギリス映画/86分
5月23日(土)より、新宿武蔵野館、
シネマ・ジャック&ベティほか全国順次公開
公式サイト: www.moviola.jp/tsuioku

(c)LILTING PRODUCTION LIMITED / DOMINIC BUCHANAN PRODUCTIONS / FILM LONDON 2014

 

執筆者:新田理恵(フリーライター&エディター)


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